活動から育む心

子ども食堂で見つけた温もり:小さな背中から教わった利他心

Tags: 子ども食堂, 利他性, 共感, 地域活動, 内面の成長

子ども食堂との出会い

私が地域の子ども食堂でのボランティア活動を始めたのは、数年前に勤めていた会社を定年退職し、何か地域に貢献できることを探していた時でした。かつての子育て経験から子どもたちに関心があり、また、地域の抱える課題の一つとして耳にすることが増えていた「子どもの貧困」という言葉にも心を寄せることがありました。しかし、実際に活動に参加するまでは、具体的な状況や子どもたちの心の内を深く理解しているわけではありませんでした。

当初、私の活動は主に調理補助や配膳といった、運営の技術的な側面が中心でした。もちろん、それも大切な役割なのですが、どこか一歩引いたような感覚で、子どもたちとの直接的な関わりには少し戸渋りがありました。それは、子どもたちの背景にあるであろう困難な状況に対し、どのように接すれば良いのか戸惑いがあったからです。表面的な優しさだけで本当に寄り添えるのだろうか、という自問自答がありました。

小さな背中が教えてくれたこと

そんな私が、自身の「共感」と「利他性」について深く考えさせられるきっかけとなったのは、一人の女の子、仮にハルさんと呼びましょう、との出会いでした。ハルさんは小学3年生でしたが、いつも一人で食事をしており、他の子どもたちやボランティアともほとんど言葉を交わしませんでした。表情も硬く、まるで周りに壁を作っているかのようでした。

ある日、私はハルさんの隣の席に座りました。特に話しかけるわけでもなく、ただ静かに自分の食事を摂っていました。すると、ハルさんが食べていたお味噌汁を少しこぼしてしまいました。咄嗟に私がペーパーで拭こうとすると、ハルさんは驚いたような顔をして、すぐに自分で拭き始めました。その小さな手が懸命に動くのを見ながら、私は「大丈夫だよ、気にしないでね」と優しく声をかけました。

その時、ハルさんが私の方を向いて、小さな声で「ごめんなさい」と言いました。その声があまりにも小さく、そしてどこか怯えているように聞こえ、私の心にチクリと刺さるものがありました。彼女が普段どのような状況に置かれているのか、正確には分かりません。しかし、何か失敗した時に過剰に反応してしまう背景があるのかもしれない、と感じました。その瞬間、これまでの「何かしてあげなければ」という意識ではなく、「この子の感じていることを理解したい」という、より深い共感が生まれたように思います。

それからの数週間、私はハルさんに対し、特別な何かをするのではなく、ただ彼女の存在を受け入れることに徹しました。隣に座って静かに食事をしたり、他の子どもたちが騒いでいる中で彼女だけが本を読んでいる時に、そっと飲み物を置いてあげたり。言葉は少なくても、私の存在が彼女にとって少しでも安心できるものであれば、と思いました。これは、これまでの私が考えていた「利他性」とは少し違う形でした。何か大きなことをするのではなく、相手の立場や気持ちを想像し、静かに、そっと寄り添うこと。それがこの時の私にとっての利他性の実践でした。

ある日の帰り際、ハルさんが私の服の裾をちょこんと引っ張りました。そして、小さな声で「ありがとう」と言って、にかっと笑ったのです。その笑顔を見た時、私の心には温かいものが広がり、涙腺が緩むのを感じました。それは、私の小さな行動が彼女に届いたことへの喜びと、彼女の内に秘められた温かさに触れられた感動でした。

学びと内面の変化

このハルさんとのエピソードは、私にとって非常に大きな学びとなりました。それまで私は、「困っている人に手を差し伸べること」が利他性だと考えていました。もちろんそれも間違いではありませんが、それは時として、与える側の一方的な視点になりがちです。ハルさんが教えてくれたのは、利他性とはもっと相互的で、相手の内面を深く理解しようとする「共感」から生まれる、静かで温かい繋がりなのだということでした。

また、彼女の小さな「ありがとう」は、私の「活動から育む心」を確かに実感させてくれました。自分の行動が誰かの心に小さな光を灯すことができるかもしれない、その可能性こそが、ボランティア活動を続ける上での何よりのモチベーションになることを知りました。活動を通じて、与えることだけでなく、相手から受け取るものがいかに大きいか、そしてそれが自身の心をどれほど豊かにしてくれるのかを、身をもって体験したのです。

結論

子ども食堂での活動は、今も続いています。ハルさんも、以前より少しずつ周りと関わるようになり、時折私に話しかけてくれるようになりました。彼女の小さな背中から教わった、静かで温かい利他心と共感の重要性は、私の活動だけでなく、日常生活における人との関わり方にも影響を与えています。

困っている状況にある人に対し、表面的な問題解決だけでなく、その人の心の内にある声なき声に耳を澄ませ、寄り添うこと。そして、その小さな繋がりから生まれる相互の心の動きこそが、「活動から育む心」の本質なのではないかと感じています。子ども食堂での経験は、私の内面に確かな温もりと、他者への深い眼差しを育んでくれた、かけがえのない財産です。