活動から育む心

居場所をなくした少年に寄り添う:学習支援で見つけた共感の形と自身の変化

Tags: 学習支援, 子ども支援, 共感, 利他性, 内面的な変化, ボランティア経験

導入:予期せぬ出会いがもたらした問い

私が地域の学習支援ボランティアに参加したのは、教育格差という問題への漠然とした関心からでした。当初は、子どもたちの学力向上に貢献できれば、という比較的表面的な動機が強かったように思います。しかし、活動を続ける中で、一人の少年との出会いが、私のボランティア観、そして自身の内面を大きく揺り動かすことになりました。彼、ケンタ君(仮名)との関わりを通じて、「共感」や「利他性」といった言葉が、単なる理念ではなく、生きた感情として私の心に根ざしていく過程を経験したのです。

本論:沈黙と向き合った日々

ケンタ君は中学2年生でした。初めて会った時、彼はほとんど口を開かず、視線も合わせようとしませんでした。彼の抱える背景は、家庭環境の複雑さや経済的な困難など、デリケートなものでした。勉強どころではない、という雰囲気が全身から発せられているかのようでした。

当初、私は教科書の解説や問題の解き方といった「学習支援」の枠組みの中で彼と関わろうとしました。しかし、反応は薄く、時間だけが過ぎていく無力感に苛まれました。どうすれば彼に寄り添えるのだろうか、何が彼にとって本当に必要なのだろうか。単に勉強を教えるだけでは、彼の心の深い部分には届かないことを痛感しました。

ある日、学習時間中に彼が小さくため息をついたのを聞き、私は思わず「何か辛いことでもあるの?」と声をかけました。彼は答えませんでしたが、その瞬間、私は彼が抱える見えない重圧、言葉にできない感情の一部に触れた気がしたのです。それは、彼の置かれた状況を「理解」しようとする試みではなく、ただ「彼が今、何かを抱えている」という事実に心を向けようとする、ごく自然な反応でした。

それ以来、私は「勉強を教える」という意識を少し手放し、彼が少しでも安心できる「居場所」を提供することに重点を置くようになりました。無理に話させようとせず、ただ隣に座って、彼が何か話したい時に耳を傾ける。沈黙の時間も大切にしました。テキストを開かない日も、学校であった出来事や、たわいもない話をすることが増えていきました。

この過程で、私は彼の中に眠る様々な感情、そして彼がどれほどの孤独と戦っているのかを少しずつ感じ取るようになりました。それは論理的な理解ではなく、感情的な、あるいは直感的な「共感」だったように思います。彼の小さな変化、例えば少しだけ口角が上がる瞬間や、僅かに声のトーンが変わることから、彼の内面の動きを感じ取ろうと努めました。

学びと内面の変化:共感が拓く道

ケンタ君との関わりは、私にとって「共感」とは何かを深く考えさせられる経験でした。それは相手の状況や感情を自分のことのように感じることですが、同時に、自分と相手との境界線を保つことの難しさも伴いました。彼の抱える困難に引きずられそうになったことも一度や二度ではありませんでした。しかし、その中で、私は自分自身の感情にも注意を払うことの重要性を学びました。共感は自己犠牲とは違う、という大切な気づきでした。

また、「利他性」についても新たな理解が生まれました。当初抱いていた「誰かのために何かをする」という一方的な行為としての利他性から、相手との相互作用の中で自然に生まれるものへと認識が変わったのです。私が彼に寄り添おうとすることで、彼の中に微かな変化が生まれ、その変化がまた私に喜びや新たな視点をもたらす。それは、与えるだけでなく、受け取る行為でもありました。ケンタ君が少しずつ心を開いてくれるようになった時、それは私にとって何よりも大きな報酬であり、彼から与えられた「利他」だったと感じています。

この経験を通じて、私の心には「他者への共感力」と「見返りを求めない利他心」が、知識としてではなく、実感として深く根付いたように感じています。特に、言葉にならないサインや沈黙の中にこそ、相手の真の感情や必要性があるかもしれない、という視点を得ました。これは、その後の他のボランティア活動や、日常生活における人間関係においても、私に大きな影響を与えています。

結論:活動から育む心とは

ケンタ君との時間は、学習支援という枠を超え、私自身の内面を深く掘り下げる機会となりました。彼は私に、困難な状況にある他者への真の寄り添い方、そして共感と利他性がどのように自分の心を豊かにし、成長させてくれるのかを教えてくれました。

ボランティア活動は、時に具体的な成果が見えにくく、試行錯誤の連続です。しかし、その過程で他者と深く関わることで得られる内面的な気づきや変化こそが、「活動から育まれる心」の核なのだと確信しています。私の共感力と利他心は、ケンタ君という一人の少年との出会いによって磨かれ、私の人生観の一部となりました。これからも、この学びを胸に、他者との関わりを大切にしていきたいと考えています。