活動から育む心

声にならない思いに耳を澄ます:法律相談ボランティアが育んだ共感と内面の変化

Tags: 法律相談, ボランティア, 共感, 利他性, 内面の変化

法律相談の現場で、専門知識のその先に見えたもの

私が法律相談ボランティアに関わるようになったのは、弁護士としての経験を地域に還元したいという思いからでした。当初は、自身の専門知識が、法的な問題を抱え困っている方々の助けになればと考えていました。複雑な法規制を分かりやすく伝え、適切な手続きを案内することが私の役割だと認識していたのです。しかし、実際の相談の現場は、私が想像していたものとは少し異なっていました。

相談に来られる方々は、単に法的な知識や手続きを知りたいだけではない場合が多いのです。彼らは、自身の置かれた状況に対する深い不安、怒り、悲しみといった複雑な感情を抱えています。そして、多くの場合、その感情や抱えている問題の根幹にある「声にならない思い」を、どう表現して良いか分からないまま相談に来られています。

言葉の奥にあるSOSに気づく

ある日のことでした。遺産相続を巡る家族間のトラブルで相談に来られた高齢の女性の方がいました。話を聞き始めた当初、女性は感情的にならず、淡々と事実関係を述べていました。しかし、話が進むにつれて、時折言葉に詰まり、遠くを見つめるような仕草が増えていきました。法律的な観点からは、財産分与に関する論点が中心になる事案でしたが、どうもその女性が本当に苦しんでいるのは、お金の問題そのものだけではないように感じられました。

私は、一度法律の話から離れ、「その時、どのようなお気持ちでしたか」と静かに問いかけてみました。すると、女性の目から大粒の涙が溢れ出したのです。彼女は、長年連れ添った夫を亡くした喪失感、頼りにしていた家族から裏切られたと感じる深い孤独感、そして何よりも、自身の「思い」が誰にも理解されないことへの絶望感を、堰を切ったように語り始めました。法律相談の限られた時間の中で、感情をそのまま受け止め、ただ耳を傾けることしかできませんでしたが、その時、法律の専門家としてではなく、一人の人間として、目の前の人の痛みに寄り添うことの重要性を強く感じたのです。

この経験を通じて、私は「共感」とは、相手の言葉の表面的な意味を理解するだけでなく、その言葉の奥にある感情や、言葉にならない思いにまで耳を澄ませることなのだと学びました。そして、「利他性」とは、単に自身の持つスキルや知識を提供することに留まらず、相手の心の状態を理解し、その苦しみに寄り添おうとする内面的な姿勢から生まれるものだと気づいたのです。

内面にもたらされた変化:専門家から「伴走者」へ

このエピソード以来、私の相談への臨み方が大きく変わりました。以前は、いかに正確で効率的な法的アドバイスを提供できるかに意識が向きがちでしたが、今はまず、相談者が安心して自身の内面を話せるような雰囲気を作ることを心がけるようになりました。法律の専門家としての一線は保ちつつも、相手の感情に寄り添い、共感を示すことで、相談者の心を開き、問題の根源にある真のニーズを引き出せるようになったと感じています。

これは、私自身の内面にも大きな変化をもたらしました。ボランティア活動を通じて、私は自身の感情に向き合い、他者の感情に共感する力を育むことができたように思います。弁護士という仕事は、とかく論理や合理性が求められますが、このボランティア経験は、それだけでは解決できない人間的な側面の重要性を私に教えてくれました。共感と利他性は、単なるボランティア精神ではなく、人間関係を築き、他者を深く理解するための普遍的な力であると認識するようになったのです。

法律相談ボランティアは、私にとって単なる知識の提供の場ではなくなりました。それは、相談者の方々と共に、見えない心の襞を探り、声にならない思いに耳を澄ませる時間です。この活動から育まれた共感と利他性は、専門家としての私を、単なるアドバイザーから、共に困難に立ち向かう「伴走者」へと変えてくれた、かけがえのない財産となっています。そして、この内面的な成長こそが、「活動から育む心」なのだと、日々実感しています。