活動から育む心

時の流れに寄り添う:歴史的建造物案内ボランティアが語る共感と利他性

Tags: 歴史的建造物, 案内ボランティア, 共感, 利他性, 内面の変化

時の流れに触れる場所で始まった活動

私が歴史的建造物の案内ボランティアを始めたのは、定年退職を機に、長年抱いていた歴史への関心をより深めたいと思ったことがきっかけです。活動の場は、江戸時代に建てられた武家屋敷。かつてここで暮らした人々の息吹を感じられる、静かで趣のある場所です。

最初は、建物の歴史や構造、そこにまつわる人物について正確に伝えることに一生懸命でした。訪れる方々に「良い勉強になったよ」「よくわかった」と言っていただけることにやりがいを感じていたのです。しかし、活動を続けるうちに、単に知識を伝えるだけではない、もっと深い部分での関わりがあることに気づき始めました。

訪問者の「知りたい」に寄り添う共感

ある日、一組の高齢のご夫婦が訪れました。奥様の方が、かつてこの近くに住んでいたことがあり、子供の頃にこの屋敷の前を通った記憶があるとお話しされました。私が建物の歴史を説明する間、ご主人は熱心にメモを取り、奥様は時折遠い目をして頷いていらっしゃいました。

案内を終えた後、奥様が「昔はこんなに立派な場所だなんて知らなかったけれど、こうして改めて見ると、ここに暮らしていた方々も私たちと同じように喜びや悲しみを感じて生きていたんだなって、しみじみ感じますね」とおっしゃったのです。その言葉を聞いた時、私の心に温かいものが広がりました。

これまでは、建物の「事実」を伝えることに終始していましたが、この時、訪問者がその場所を通して感じ取る「思い」や「記憶」、そして「今」と「過去」をつなぎ合わせようとする心の動きに、強く共感している自分に気づいたのです。彼らの「知りたい」という気持ちの裏には、単なる知識欲だけでなく、自身の経験や人生と、遠い昔の営みを重ね合わせたいという、もっと人間的な願いがあるのだと感じました。それ以来、私は案内をする際に、建物の歴史だけでなく、そこに生きた人々の暮らしぶりや、当時の人々の思いに想像を巡らせるような話を加えるようになりました。訪問者の表情や反応をよく観察し、何に関心があるのか、どんなことを感じているのかに寄り添うように心がけています。

場所への愛着が育む利他性

この活動を通じて「共感」が深まった一方で、「利他性」もまた育まれているのを感じます。それは、訪れる人々のためだけでなく、この歴史的建造物、そしてそこに積み重ねられてきた時間そのものに対する思いからです。

この屋敷は、年月を経て少しずつ傷みも出てきます。定期的な清掃や修繕が必要ですが、限られた予算の中で維持していくのは大変です。私は案内の合間に、庭の手入れや簡単な清掃なども行います。正直なところ、最初は「案内以外のこともするのか」という気持ちが少しありました。しかし、この場所が持つ静謐さ、そこに訪れる人々の感動する様子を間近に見るうちに、この素晴らしい場所を少しでも良い状態で未来へ繋ぎたいという気持ちが強くなっていったのです。

雨漏りを見つけた時、庭の落ち葉を拾う時、建物の壁をそっと撫でる時、私はこの場所そのものに語りかけられているような感覚を覚えます。それは、単なる建造物ではなく、多くの人々の人生が刻まれた生きた存在であるかのように感じられるのです。この場所を守るための小さな行動一つ一つが、私にとって大きな喜びであり、純粋な「利他」の実践であると感じています。訪れる人々が、この場所で心安らぐ時間を過ごし、何かを感じ取ってくれることを願う気持ちと、この場所自体がこれからもそこにあり続けてほしいという願い。この二つが私の利他心の源泉となっています。

活動がもたらした内面的な変化

歴史的建造物案内ボランティアとして活動する前は、自分の知識を人に伝えることで満足していました。しかし、今は違います。訪れる人々の心の動きに寄り添い、彼らが場所を通して何を感じ取るのかを一緒に探る。そして、この場所そのものに心を寄せ、未来へ繋ぐための小さな手助けをする。これらの経験を通して、私の心はより柔軟になり、他者や存在への共感力が深まったように感じています。

活動の初期には、自分の説明がうまくいかなかったり、訪問者の質問に答えられなかったりして落ち込むこともありました。しかし、大切なのは完璧な知識を伝えることではなく、目の前の人と、そして目の前の場所と、心を通わせようと努めることなのだと気づきました。この気づきは、ボランティア活動だけでなく、日常生活における人との関わり方、そして自分自身の内面を見つめる際にも大きな影響を与えています。

「活動から育む心」とは、まさしくこのことだと実感しています。単に「ボランティア活動」という行為を行うだけでなく、その活動を通じて自身の内面がどのように変化し、豊かになっていくのか。歴史的建造物案内ボランティアという活動は、私にとって、過去と現在、そして未来をつなぎ、他者と場所、そして自分自身との間に、深く温かい繋がりを見出す旅であり続けています。これからも、時の流れにそっと寄り添いながら、この活動を続けていきたいと思っています。