活動から育む心

一歩の先に心を感じる:視覚障がい者ガイドヘルプが教えた共感と利他心

Tags: ガイドヘルプ, 視覚障がい, 共感, 利他性, 内面の変化

見えない世界への第一歩:ガイドヘルプとの出会い

私が視覚障がい者のガイドヘルプ活動に関わるようになったのは、数年前に地域のボランティアセンターで研修を受けたのがきっかけでした。それまで視覚障がいのある方と深く関わる機会はほとんどなく、「目が見えない」ということが具体的にどのような世界を意味するのか、想像することすら難しい状態でした。研修では、歩行技術はもちろんのこと、声のかけ方、情報提供の仕方、そして何よりも大切な「相手の立場に立つ」という心構えを学びました。単に目的地まで安全に誘導するだけでなく、相手が安心して、そしてその人らしく外出できるよう寄り添うことの重要性を教わったのです。

活動を始めて間もない頃、Aさんという70代の女性を担当させていただくことになりました。Aさんは若い頃に視力を失い、以来一人での外出はほとんどしていませんでした。初めてお会いした時、Aさんはどこか緊張した面持ちで、私の問いかけに対しても控えめに答えるだけでした。私自身も、「うまくガイドできるだろうか」「Aさんを不安にさせてしまわないだろうか」という思いが強く、ぎこちない出発だったことを覚えています。

手のひらから伝わる不安、心で感じる世界

ガイドヘルプにおいて、私はAさんの半歩前を歩き、肘を持ってもらいながら誘導します。私の体の動き、声かけ、そして握る肘に伝わるAさんの手の力加減や微かな震えが、Aさんの今の状態や感じていることを教えてくれます。

ある日、駅構内の改札を出たところで、普段より人通りが多く、ごった返していました。私のわずかな立ち止まりや方向転換に、Aさんの握る手にキュッと力が入るのを感じました。「人が多いですね。少し立ち止まって、落ち着いてから進みましょうか」と声をかけると、Aさんは「ええ、そうですね」と少しだけ緊張が和らいだ声で答えました。この時、Aさんの「見えない世界」における不安がいかに大きいかを実感しました。同時に、私の存在がAさんの安心に繋がるかもしれないという責任と、それに応えたいという思いが強く生まれました。

また別の日、公園のベンチに座って休憩していた時のことです。私は目の前の風景や行き交う人々について何気なく話していました。するとAさんが、「あなたは今、どんな色を見ていますか? 私にはもう、色がどんなものだったか、はっきり思い出せないのよ」と静かに話されました。その言葉を聞いた瞬間、私はハッとしました。私は「見えること」を当たり前として情報を伝えていましたが、Aさんが感じているのは、私が語る視覚的な情報とは全く異なる世界なのです。

この経験を通じて、私は単に「危険な場所を知らせる」「方向を伝える」といった表面的なガイドではなく、Aさんが感じているであろう「音」「匂い」「風」「地面の感触」、そして「周囲の気配」といった、視覚以外の五感を通して受け取る情報を想像し、それを共有しようと努めるようになりました。例えば、「今、風が少し冷たいですね」「向こうから焼き芋のいい匂いがしますよ」「足元は舗装が変わって少しざらざらしています」といった、Aさんが感じ取りやすいであろう情報や、逆に感じ取りにくいであろう情報を補足するように心がけました。

この小さな変化が、Aさんとの関係を少しずつ変えていきました。Aさんが以前より自然に話してくれるようになり、時には冗談を言って笑うことも増えました。私がAさんの手の動きや呼吸、声のトーンから感情を読み取ろうと努めるように、Aさんもまた、私の声の響きやガイドのテンポから私の状態を感じ取ってくれているのだと感じました。そこには、言葉だけではない、心と心が通い合う瞬間がありました。

ガイドヘルプが育んだ、見えないものへの共感と内面の変化

この活動を通して、私は「共感」というものが、単に相手の感情を理解すること以上に、相手の置かれた状況や、そこから生まれる「世界の見え方」を想像する試みであると学びました。特に視覚障がいのある方の場合、私の「当たり前」は全く通用しません。相手の「見えない世界」に心を寄せ、その中でどのように感じ、考え、行動するのかを想像し続けることが、本当の共感につながるのだと気づきました。

そして、「利他性」とは、単に何かをしてあげることではなく、相手の安全や安心、そして自己肯定感を守り、高めるために、自身の五感や意識を最大限に使い、相手と共にその時間を生きようとすることなのだと感じています。私のガイドによってAさんが安心して外出を楽しめる、その喜びをAさんと分かち合う時に感じる深い満足感は、何物にも代えがたいものです。それは、単なる奉仕というより、共に何かを創造しているような感覚に近いのかもしれません。

この活動は、私の内面に大きな変化をもたらしました。以前よりも、五感を研ぎ澄ませ、周囲の音や匂い、気配に意識を向けるようになりました。また、人とのコミュニケーションにおいて、言葉の裏にある感情や、非言語的なサインを読み取ろうとする姿勢が強くなりました。目の前の人が見ている世界、感じている世界は、自分とは異なるかもしれないという想像力を持つことの大切さを、ガイドヘルプが教えてくれたのです。

心の目で世界を見るということ

視覚障がい者ガイドヘルプは、私にとって「心の目」で世界を見るための訓練でもあります。Aさんの手を通じて伝わる微かなサイン、声のトーンの変化、呼吸のリズム。それら全てが、Aさんの内面世界への扉を開けてくれます。

この活動で育まれた共感と利他心は、ボランティアの時間だけでなく、私の日常生活における人との関わり方、さらには世界に対する向き合い方にも深く影響を与えています。目に見える情報だけに囚われず、その奥にある見えないもの、人々の心や物語に想像力を働かせ、寄り添おうとする姿勢。それが、「活動から育む心」として、私の内側に根付いていくのを感じています。これからも、一歩の先に心を感じながら、この活動を続けていきたいと思っています。