絵筆に託した思い:障がいのある方との創作活動で深めた共感
絵筆に託した思い:障がいのある方との創作活動で深めた共感
長年、様々な分野でボランティア活動を続けてまいりましたが、数年前から始めた障がいのある方々と一緒にアート活動を行うボランティアは、私の共感や利他性に関する考え方を大きく揺さぶる経験となりました。
活動に参加するようになったきっかけは、知人から誘われたことです。絵を描くことは得意ではありませんでしたが、何か新しい形で社会と関わりたいという思いがあり、軽い気持ちで参加を決めました。しかし、そこで出会った方々との時間は、私の予想をはるかに超える深みを持っていたのです。
言葉を超えたコミュニケーション、そして葛藤
私が関わった方々の中には、言葉でのコミュニケーションが非常に難しい方が多くいらっしゃいました。初めは、どのように接すれば良いのか、何を求められているのかが全く分かりませんでした。ただ隣に座って、絵の具を出す、筆を渡す、といった補助的な作業をするだけの日々。正直なところ、「これで本当にこの方の役に立っているのだろうか」「私の存在は必要なのだろうか」という疑問や葛藤が常に心の中にありました。
ある日、私が担当していたAさんは、いつもは淡々とした様子で絵を描いていましたが、その日は何か伝えたいことがあるかのように、何度も私の方を見て小さな声を漏らしていました。言葉は聞き取れませんでしたが、その表情には何か強い感情が表れているように見えました。私はどうすれば良いのか分からず、ただ「どうしましたか?」と問いかけることしかできませんでした。しかし、Aさんは何も答えないまま、再び絵に向き直り、普段とは違う、強い力でキャンバスに色を塗り始めたのです。その荒々しい筆遣いや色の選び方から、言葉にならないAさんの「内側」が溢れ出ているように感じました。
その瞬間、私の心に強い衝撃が走りました。私はこれまで、「相手の役に立つ」ことを行動の第一義に置いていましたが、それはどこか表面的な理解に留まっていたのかもしれない、と気づかされたのです。Aさんの内面にある「表現したい」という衝動や、おそらくは何らかの「感情」を、言葉ではなく「絵」という形で感じ取ろうとすることこそが、真の共感なのではないか。そう考えるようになりました。
絵筆が繋ぐ心、そして育まれた利他心
この出来事を境に、私はAさんをはじめとする方々との関わり方を変えました。一方的に「助ける」のではなく、相手の表現に「寄り添う」ことに意識を向けたのです。キャンバス上の色の重なりや筆の跡、あるいは絵を描く時の息遣いや体の動きといった、言葉にならないサインから、相手の心に触れようと試みました。
ある時、Aさんが描いた絵の中に、これまで見たことのない鮮やかな黄色が多く使われていることに気づきました。普段は落ち着いた色合いを好むAさんにとって、それは珍しいことでした。その黄色が何か特別な意味を持っているのではないかと感じ、私は「この黄色、とてもきれいな色ですね」と静かに語りかけました。すると、Aさんは少し微笑み、指でその黄色をなぞりました。言葉はなくても、その仕草と表情から、「この色には何か大切な思いが込められているのだ」ということが伝わってきたのです。
この経験を通じて、私の内面で「共感」の捉え方が大きく変わりました。共感とは、相手の感情や状況を頭で理解するだけでなく、言葉にならない部分、つまり「心そのもの」に触れようとする深い営みであると知ったのです。そして、そのように相手の内面に深く寄り添うことによって、相手の中に眠る可能性や、表現したいという純粋な思いを引き出したい、という「利他心」が自然と育まれていきました。それは、見返りを求めるものではなく、ただ相手が自分らしくあることを願う、静かで温かい願いのようなものでした。
内面の変化と今後の活動
このアート活動で得られた気づきは、私のボランティア観だけでなく、日常生活における人間関係にも大きな影響を与えています。私たちはしばしば、言葉によって相手を理解しようとしますが、言葉にならない「心」の部分にこそ、その人の真実があるのかもしれません。表面的な情報だけでなく、相手の雰囲気や表情、声のトーンといった非言語的なサインにも意識を向けることで、より深く、そして温かい繋がりを築くことができるようになったと感じています。
また、障がいのある方々との創作活動は、私自身の固定観念を打ち破るものでもありました。障がいを「欠損」として捉えるのではなく、「異なる個性」として受け入れ、その中で輝く「心」に焦点を当てることの大切さを学びました。
「活動から育む心」という言葉が、これほどまでにしっくりくる経験は他になかったかもしれません。絵筆がキャンバスに描く軌跡のように、私の心にも温かい線が幾重にも重ねられていった日々でした。この活動で育まれた共感力と利他心を胸に、これからも様々な形で社会と関わっていきたいと考えております。